ザビン・タンブレア
なんと麗しい!『ルートヴィヒ』でタイトルロールを演じたザビン・タンブレアは“美貌の王”の名にふさわしい美青年だ。もっとも印象的だったのは、王子時代の乗馬シーン。一見すると神経質そうな雰囲気なのに、馬に乗って駆け回るときには活発であどけない笑顔をはじけさせて、それがとてもかわいらしいのだ。そこにザビン自身の素の表情が現れていたようにも見えたし、ルートヴィヒ2世という役柄の素が表現されていたようにも見えた。
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ルートヴィヒ2世は19世紀半ばのバイエルン王で、18歳で即位。隣国が主導権争いを繰り広げるなか、彼は戦争にも権力にも嫌悪感を抱き、芸術だけを愛した。ワーグナーに心酔してオペラに夢中になり、莫大な浪費をしてノイシュヴァンシュタイン城などの贅沢な城を次々と建設。隠遁生活を送り、空想の世界でマリー・アントワネットらと豪華な食卓を囲むようになる……。自らの資質とまったく合わない役目を与えられ、40年という短い生涯を終えた“狂王”。ザビンの無邪気な笑顔が一瞬だけ輝くとき、そこにこの「生」では活かすことのできなかった王の美しい資質を感じるのだ。
本作で瑞々しく繊細な演技で大役をつとめたザビンは、1984年生まれの29歳。ルーマニアから亡命した音楽一家に育った彼は、極度の上がり症で舞台に立つと失神して倒れてしまうような子どもで、度胸をつけさせるために母親が合唱団に入れたという。その後、演技に目覚め、舞台でキャリアを積み、本作のオーディションに参加。「身長190センチ以上」「30歳未満」「フランス語を話せる」「乗馬が得意」とう難しい条件(加えて、美しさも求められたはず)をクリアした370名の俳優のなかから抜擢された期待の新星だ。ただ、実はフランス語と乗馬は自信がなかったようで、後に正直に告白して猛特訓を受けたらしい。この話を聞いたら、あの楽しそうな乗馬シーンの笑顔はやはり彼の素のような気がしてきた。どちらにしても、苦悩にまみれた王の生涯において、あの笑顔は救いだった。
映画界では無名だったザビンは、本作の演技でバヴァリアン映画賞の新人男優賞とドイツ新人賞を受賞して脚光を浴びているが、ドイツでは受賞以前から高い注目を集めていたそうだ。なぜなら、ルートヴィヒ2世は今でも国民に愛されている人物であり、映画ではルキノ・ヴィスコンティ監督の『ルートヴィヒ』に主演したヘルムート・バーガーが有名なので、この役を演じるのは役者にとって“タブー”のようなものだったからだという。しかし、話題になる一方でリスクも高い役に挑戦して高評価を得られたということは、今後、映画での活躍が期待できるに違いない。
話を作品に戻すが、「14年後」のシーンで、突如、太って疲れ果てた中年男が現れたときにはショックを受けた。あの華奢で美しい王はどこへ? しかし、これもまた歴史に忠実な演出で、実際に晩年の王は老けて太って歯が抜け落ちていたという。才能に相反する宿命を背負ったロマンチストの王は、孤独で空虚な日々を経て、美貌を失った。平和には戦争ではなく美が必要だ、と語っていた王の無念が悲しい。それゆえ、若き日の天真爛漫な微笑みを思い出させるラストシーンは秀逸だったと思う。(文:秋山恵子/ライター)
『ルートヴィヒ』は12月21日より有楽町スバル座ほかにて全国順次公開
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