悲しい運命を背負った3人の若者の青春を描いた『わたしを離さないで』は、イギリスの権威ある文学賞、ブッカー賞を受賞したカズオ・イシグロの同名小説を映画化した作品。その公開を前にイシグロが10年ぶりの来日を果たし、1月24日にイギリス大使館で記者会見を行った。
・[動画]カズオ・イシグロ来日記者会見
・『わたしを離さないで』作品紹介
日本で生まれ、5歳のときに渡英し、以来、イギリスに暮らし続けるイシグロ。前日に日本に到着し、生まれて初めて大相撲を見に行ったという彼は「とてもエキサイティングでした」とニッコリ。白鵬が6連覇を成し遂げた千秋楽を観戦し、「(土俵のすぐ下の)砂かぶり席だったので、テレビ中継で私の顔もずっと映っていたんです。白鵬さんと“共演”できてとっても嬉しい」と喜んでいた。
原作となる小説の構想をいつ頃から温めていたのかについては「私はアイデアを練るのに時間がかかる作家で、突然、インスピレーションを得るというタイプではないんです。一番最初に書こうと思ったのは1990年のこと。数年後に再びトライしましたが書けず、2003年に3度目のトライをして全編書くことができました」と語った。
物語の内容については「希望として、まずみなさんが最初に読んだときには“特殊な状況に置かれた人々の特殊な物語”と思ってもらい、読み進むにつれ、我々にも共通する普遍的な物語だと気づいてほしかった」とコメント。物語は悲しい結末を迎えるが、「小説家としてのメッセージは、“みんな死ぬ”ということではなく、みなさんが思うより人生は短い、そのなかで最も重要なものは何なんだろうということを考えてもらいたい」とイシグロ。「今回、日本に来て、命の儚さを描いたこの物語は、すごく日本的なのではないかと思いました」とも話していた。
映画が大好きだというイシグロは、「本を読んだとき、テレビや映画と同じような作品に感じることがあり、それを不満にもっていた」と話し、自らが小説を書くときには映像とは別物にするよう心がけているため「私の作品の映画化はムリだといつも言っているんです」と続けた。そして「でも、小説を書き上げるといつもエージェントのところに行き、『何か映画のオファーはなかったか』と聞いてしまうんです(笑)」と言って記者たちを笑わせた。
映画への愛は相当なようで、好きな監督を聞くと、成瀬巳喜男や小津安二郎をはじめ、ジョン・フォードやクリント・イーストウッド、サム・ペキンパー、フランシス・フォード・コッポラなどの名前を次々と挙げ、「ヒッチコックは、ハリウッドに渡る前の作品がいい」と目を輝かせた。日本映画は50年代の作品が好みだが、最近作では伊坂幸太郎の小説を映画化した『フィッシュストーリー』が気に入っているとのこと。
本作に主演し、陰影に満ちた名演を見せる若手女優キャリー・マリガンについても、「日本の40年代の女優さんたち──高峰秀子さんや原節子さんのような、顔の表情をあまり変えずに深い感情を喚起させる演技でした」と絶賛していた。
そんなイシグロに「この映画はあなたのベスト10に入る?」と聞くと、「もちろんです! (イシグロの小説を93年に映画化した)『日の名残り』ももちろん入ります(笑)」と応じていた。
一方で、今のハリウッド映画には不満もあるようで、「オリジナルの脚本だと、ホラーやロマコメなどジャンル分けしやすいステレオタイプな映画になりがち。でも、小説が原作だと、まったく違う視点から描いたり、ジャンル分けできないような意欲的な作品になる。今、映画業界はハリウッドに支配されているので、(最近多い)小説の映画化は、いい刺激になると思います」と話していた。
数々の質問に、ときにジョークを交えながら真摯に答えてくれたイシグロ。だが、最後に「日本語がもっとできたら、直接お話しできるので、こんなに時間をかけなくて済むのですが」と日本語力が足りないことへのお詫びを口にした。これに対して司会が「でも、日本語は分かるんですよね?」と聞くと、イシグロは「5歳まで母の日本語を聞いていたので、女性の話す日本語は分かるのですが、男性の日本語はまったく分からなくて」と答え、場内は大きな笑いに包まれていた。
『わたしを離さないで』は3月26日よりTOHOシネマズ シャンテほかにて全国順次公開される。
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