【週末シネマ】北朝鮮から一時帰国した兄──在日コリアン二世監督が描く苦すぎる現実

『かぞくのくに』
(C) 2011 Star Sands, Inc.
『かぞくのくに』
(C) 2011 Star Sands, Inc.

『ディア・ピョンヤン』『愛しきソナ』、と自身の家族・親族を題材にドキュメンタリーを撮り続けてきた在日コリアン二世のヤン・ヨンヒの第3作『かぞくのくに』は、彼女にとって初のフィクション作。だが、病気治療のために25年ぶりに北朝鮮から日本へ戻ってきた兄と、彼を迎える妹の物語はヤン監督の実体験に基づくもので、前2作と同様、彼女自身の存在が作品に色濃く反映されている。

[動画]『かぞくのくに』予告編

1997年夏、リエ(安藤サクラ)は、70年代に帰国事業で北朝鮮に渡った10歳年上の兄・ソンホ(井浦新)と25年ぶりの再会を果たした。病気治療のため、3ヵ月間だけ許された滞在には、北朝鮮側の見張りが付いていた。家族水入らずで食事し、16歳のときに分かれて以来の旧友たちと再会し、ソンホは明るい表情を見せている。だが、友人に近況を尋ねらると押し黙る。感情を隠すような曖昧な笑顔の井浦新は極端に口数の少ない男の哀しみを巧みに表現する。妹のリエもまた、本音をぶちまけるタイプではない。だが、言いたいことを口にするのをそれほど恐れずに済む環境に育った彼女はただ黙っているだけではない。そのキャラクター造形には監督自身の願望も入れられたということだが、演じる安藤サクラはその期待に応えるべく、真摯に役と向き合っている。

何気ない風を装って、妹に諜報活動への荷担を持ちかける兄。拒絶する妹。ただただ我が子の身を案じる母親。そして朝鮮総連の幹部職員という立場からしか物を言えない父親。国家の分断によって、こんな家族が生まれ、彼らは日本で暮らしているのだ。やがて、病院で検査を受けたソンホは3ヵ月という期間限定では無理という理由で治療を断られる。家族・親族が集まり、息子を帰国させた25年前の父の決断を責めるなか、予想もしなかった知らせが届く。

撮った素材からストーリーを(場合によってはテーマも)紡ぎだしていくドキュメンタリーに対して、フィクションは最初に物語ありきで撮る。その差異がはっきりと出た気がする。自分自身が体験したことを、この目で見たまま、感じたまま、他者の肉体を使って再現するのは何と困難なことのなのか。全てが芝居じみて見えてしまう。もちろん、ここに映し出されているものは芝居だ。だが、感情を露にする時も、隠す時も、ぎこちなさが見え隠れし、何かこなれていない感じがする。監督にとって非常にパーソナルな題材であり、現在進行形の歴史と対峙するものでもある。作者である自分はさておき、関わった人々に累が及ぶのを避けたい気持ちや、彼らと共有する事実を尊重する気持ちが強いあまり、全体のトーンに抑制が効いてしまうのかもしれない。

何か大切なものが伝わってこないもどかしさ。そこには絶対何かあるはずなのに、と書こうとした今、ふと気づいた。こういうことなのではないだろうか。心のなかに確かにあるものを表に出せない、出さない。それが兄たちの生き方、処世術であり、彼女はそれとずっと向き合ってきたのだ。これですよ、と簡単に形にして見せられるようなものではない苦さ。それを噛みしめながら「かぞくのくに」で生きていく。その現実は、厳しいほどの誠実さをもって描かれている。

『かぞくのくに』は8月4日よりテアトル新宿ほかにて全国公開される。(文:冨永由紀/映画ライター)

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