『花とアリス』から11年。その前日譚である『花とアリス 殺人事件』が、昨日から公開中だ。岩井俊二監督は今作でも監督だけでなく、原作/脚本/音楽をひとりでこなしているが、それ自体は岩井監督作品にあって特別珍しいことではない。本作の一番の話題は、これが岩井監督にとって初めての長編アニメーションであることだ。しかも、いわゆる普通の工程を経て作られたアニメではなく、実写をトレースするロトスコープという手法が用いられており、台本から絵コンテを作成、それをもとに実写を撮り、さらにそれをもとにアニメを起こすという、とても手の込んだ作業を経て仕上げられている。
2004年の公開以来、長く愛されている『花とアリス』だけに「なんでいま?」「しかもなんでアニメ?」といった声は上がって当然だが、一度見始めればいつもの“岩井俊二イズム”が、アニメになっても少しもスポイルされていないことに気づくはず。ディティールの描き込みや何気ないしぐさにロトスコープならではのリアリティが宿っているし、色づかいや構図にもアニメ畑の作家とは明らかに違ったセンスが見受けられる。これまでの岩井監督作品に見られるデリケートな“間”の表現や、生き生きとした女性の描き方も何ら変わらない。
花=鈴木杏、アリス=蒼井優ほか、木村多江や相田翔子、平泉成といったキャストが今作でも起用されているが、基本的には声優としてのみの参加で、ロトスコープ用の実写撮影は別の俳優が行なっている。これが『花とアリス』の世界をまんまトレースしてアニメにしただけでは表現できない奥行きや客観性を生み出しているようだ。もしコスト的/スケジュール的な都合でそうせざるを得なかっただけ、というのが実情だとしても、これはなかなか実験的で面白い試みだと感じた。(後編へ続く…)(文:伊藤隆剛/ライター)
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラの青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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