坂本龍一の手掛ける映画音楽の作風は、大きく2つの方向に分けることができる。明確なメロディを持ち、楽曲そのものに強いインパクトがあるものと、あくまで映像に寄り添うように作られた点描的/アンビエント的なサウンドを特徴とするもの。
・【映画を聴く】願・復活! 映画音楽家・坂本龍一の仕事/前編
前述の『戦メリ』や『ラスト・エンペラー』、『シェルタリング・スカイ』は前者に属し、特にテーマ曲にはキャッチーな“映画音楽らしい楽曲”が用意されている。後者のような作風は、フォルカー・シュレンドルフ監督『侍女の物語』(1991年)や、ペドロ・アルモドバル監督『ハイヒール』(92年)以降目立つようになり、映画音楽作家としての幅がグッと広がったような印象を持つ。98年の『愛の悪魔/フランシス・ベイコンの歪んだ肖像』にもそんな作風が感じられるが、坂本がベイコンのファンということでノーギャラで引き受けた仕事らしく、プライヴェート・スタジオでのローバジェットな制作を余儀なくされたという。それがかえって独特の手作り感を醸し出し、これはこれで興味深いサウンドトラックとして楽しむことができる。
90年代初頭、坂本龍一が再び大島渚監督と組み、『ハリウッド・ゼン』という映画で古(いにしえ)の日本人俳優、早川雪舟の半生を演じるというニュースが広まったが、後にその企画は消滅。大島監督とのコラボが再び実現したのは99年の『御法度』で、このサウンドトラックには“映画界の恩師”への敬意に溢れる力の入った楽曲が多数収められている。メロディは抽象的ながら音響的に確かな意図を感じさせる楽曲が多く、男の世界を描いた本編をひたすらクールに煽動する。同じく99年の日本映画『鉄道員』では、作詞=奥田民生/歌=坂本美雨で主題歌を書き下ろし。自らのピアノソロ・ヴァージョンのほか、大貫妙子とのデュオ・アルバム『UTAU』でもリメイクしており、特にこの『UTAU』ヴァージョンは一聴の価値ありだ。このアルバムでは、ブライアン・デ・パルマ監督『ファム・ファタール』(02年)に坂本が提供した「Lost-Theme」という曲に大貫が歌詞を付けた「Antinomy」も収録されている。
なお、坂本の映画音楽を集めた編集盤はこれまで何枚かリリースされているが、現在のところ2002年リリースの『UF』がもっとも手に取りやすく、内容も充実していると思う。作品的にはチェルノブイリ原発事故を扱ったドキュメンタリー『アレクセイと泉』までがフォローされており、ここまで紹介してきた作品の主だったところは、このコンピレーションで聴くことができる。
この『UF』以降に作られた映画音楽としては、村上春樹の短編を映画化した『トニー滝谷』(04年)のほか、『星になった少年』((05年)、『シルク』(08年)、『一命』(11年)などが挙げられる。このうち『トニー滝谷』は、数少ない村上作品の映画化で、かなり変わった成り立ちの作品ではあるが、サウンドトラックは坂本のピアノ・アルバムとしても聴ける素晴らしい内容となっている。音数が抑えられ、どこまでも上品で優しいトーンにまとめられており、前述の“メロディ指向”の作風と“アンビエント指向”の作風がうまい具合にバランスしている。また、坂本が古今東西のさまざまなジャンルの音楽をコンパイルした書籍+CDからなる「schola(スコラ)」シリーズの第10巻では、映画音楽をテーマに浅田彰や小沼純一、岸野雄一らと座談会を繰り広げている。
前編の冒頭で触れた未発売音源集「year book 2005-2014」がリリースされた1月17日は、坂本龍一63回目の誕生日。昨年夏から中咽頭がんの治療のため活動を休止中の坂本だが、今年あたりはまた元気な姿を見せてくれるだろうか。映画界での活躍も、まだまだ期待したいところだ。(文:伊藤隆剛/ライター)
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラの青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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