(…中編より続く)
観客にも35年の人生を感じながら
『の・ようなもの のようなもの』を見てもらいたい
森田芳光監督が急逝してから丸4年経つこの冬、1981年の森田監督の劇場デビュー作『の・ようなもの』の35年ぶりの続編『の・ようなもの のようなもの』が公開される。メガホンを取るのは『の・ようなもの』以降、『僕達急行 A列車で行こう』まで30年の間、森田監督の下で助監督・監督補を務めてきた杉山泰一氏。プロデューサーは森田芳光夫人であり、初期から多数の森田監督作をプロデュースしてきた三沢和子氏だ。両人に新作『の・ようなもの のようなもの』の製作秘話から森田監督との思い出まで、存分に語ってもらった。
・【映画作りの舞台裏】前編/森田監督が最も信頼していた若手、松山ケンイチと北川景子の主演作ができるまで
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『の・ようなもの のようなもの』は松山ケンイチ、北川景子、伊藤克信だけでなく、前作『の・ようなもの』の尾藤イサオ、でんでんのほか、野村宏伸、鈴木亮平、ピエール瀧、鈴木京香、佐々木蔵之介などなど、枚挙に暇ないほどに森田作品出演者がそれぞれのキャラクターを思い起こさせるような役で登場する。新作の撮影現場では出演者たちが前作の思い出に花を咲かせていたのだとか。
三沢氏は当時を思い出して「『の・ようなもの』は監督の森田も劇場映画が未経験なら私も初めてで、2人揃って何もわからないことだらけ。あまりにも普通じゃないことばかりでした」と笑う。
「森田は借金をして製作資金を調達していたものだから、つい、昼ご飯休憩のときにみんなにお茶をついで回っていたんです。そしたら、チーフ助監督に『監督はそんなことしないでください!』って諭されちゃったりしてね。エキストラの方たちに独特な歩き方をするように指導していたら、森田が若くて子どもみたいでとても監督には見えないものだから、『お兄さんがエキストラやればいいじゃない、上手いんだから』って言われたこともあった」という言葉には、若い頃の森田監督の姿が思い浮かんで、こちらの顔もほころぶ。三沢氏は「あと、“ワラう”(小道具などを片付けること)って業界用語を知らなかったもんだから、『監督、これ、ワラいますか?』って聞かれて『ここは笑うシーンじゃないよ』って! もう、本当に落語みたいでしたよ」というこぼれ話も教えてくれた。杉山監督がいうには『の・ようなもの』の話は何時間あっても足りないそうだ。それほど、思い出がいっぱい詰まった作品なのだろう。
そんな特別な位置にある前作『の・ようなもの』を見ている者としては、ヒロインのエリザベス役を体当たりで演じた秋吉久美子も新作で見たかったのだが、残念ながら顔を見せてくれない。スケジュールの都合か、はたまた何か問題でもあったのかしら? それぐらい登場しないのが不思議なのだけど……と思ったが、「だってね……エリザベスをどうやって、この35年後の物語に出します?」と三沢氏に逆に質問された。うーん、確かに。「志ん魚と結婚しているわけないし、つき合ってるわけもないだろうし、かと言ってただの他人でちょこっと出るうちの一人というのは寂しいし。シナリオ上では何度もエリザベスを出そうと考えてみたんだけど……。泣く泣く諦めたんです」と三沢氏が言うと、杉山氏も「難しかったんだよね。でも、夢を持たせるっていう意味ではエリザベスを出さないのもいいかと思って」と述べた。夢を持たせてもらったファンがそれぞれのエリザベスを思い描くのもいいかもしれない。
森田作品の他の作品の続編なども企画があるんだろうか? 気になるところを質問してみると、三沢氏は今はいっさい考えていないという。「そのうち、この作品の続編もできるかもって気づくかもしれないですけどね。今回、『の・ようなもの』は今の世の中にこそ、ぴったりの話かもしれないと思いました。森田は“早すぎる”こともあるくらい、先を読む力があったので。今は会社に入ったからって安泰っていうわけじゃない世の中だけど、この作品を見て肩の力を抜いて、明日から楽しく生きて行こうと少しでも思っていただけたら嬉しいです」という三沢氏。
さらに彼女は前作『の・ようなもの』を見た人には、この新作も自分の人生の節目として絶対見て欲しいと強く願う。
「劇中の志ん魚と同じように、観客も35年経っていて同じ生活ではないはずだし、同じ気持ちで見るわけではない。だから、自分の35年間の人生を感じることができると思うわ。主題歌は悩んだ末に、尾藤さんの『シー・ユー・アゲイン雰囲気』っていう同じ曲を使ったから、そこは前作とその時代を思い出してジーンとしてもらえるかもしれません。前作と同じロケ地で撮影しているシーンも懐かしいはずです。どのシーンなのかは劇場プログラムに載ってます」とプロデューサーらしく劇場プログラムもアピール。
杉山監督は本作について「落語は人と人とのコミュニケーションそのものの話。人情を感じつつ、人生は近道ばかりじゃなく、少しぐらい遠回りしても自分が楽しいと思うことをつきつめていく生き方もいいんじゃないかと感じてもらえれば嬉しい。あと、森田作品にゆかりのキャストが過去の役を感じさせるキャラクターで登場するので、それを見つけるのも一興です」とメッセージをくれた。
最後に三沢氏に本作の興収目標を尋ねると、「そうですね、個人的には『間宮兄弟』と同じぐらい3億円行ってくれたら嬉しいですね」と答えてくれた。
前作を見た森田監督ファンはもちろん、森田芳光監督の存在を初めて知ったというような若い世代も肩肘張らずに楽しめる『の・ようなもの のようなもの』。ぜひ、多くの人が見てほっこりとすれば、世の中が、未来が、少し楽しくなってくれるかもしれない。
三沢氏と杉山監督に話を聞いて気づいたのは、森田監督のことを感傷的ではなく、とてもいきいきと話されること。それは森田監督の存在が過去のものではなく、現在にも息づいているからだろう。森田監督がこれからも映画界に良い刺激を与え続けてくれることを願っている。(文:入江奈々/ライター)
『の・ようなもの のようなもの』は1月16日より全国公開される。
入江奈々(いりえ・なな)
1968年5月12日生まれ。兵庫県神戸市出身。都内録音スタジオの映像制作部にて演出助手を経験したのち、出版業界に転身。レンタルビデオ業界誌編集部を経て、フリーランスのライター兼編集者に。さまざまな雑誌や書籍、Webサイトに携わり、映画をメインに幅広い分野で活躍中。
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