1962年5月7日、ドイツ・バーテンバーテン生まれ。ニューヨーク大学で映画を学んだ後、1984年にパリに渡りIDHECに入学、本格的に映画を学ぶ。1993年、ジャン=ポール・サルトルの小説を映画化した初の長編作品『Intimite』を発表。その後7年の歳月を経て、2000年に長編第2作『ハリー、見知らぬ友人』を発表。カンヌ映画祭のコンペティション部門に出品され、セザール賞では、監督賞、主演男優賞など4部門を受賞。本国フランスでは200万人以上の観客を集め、大ヒットを記録。2004年には『レミング』がカンヌ国際映画祭のオープニング上映作品に選ばれた。
17世紀のスペイン・マドリッドを舞台に、魔性の女の誘惑で破戒僧となってしまった修道僧の姿を通じ、人間の弱さや滑稽さを描き出すゴシックスリラー『マンク〜破戒僧〜』。
原作は160年間禁書とされていた、マチュー・G・ルイスによる暗黒文学の傑作「マンク」。背徳的で残虐性やエロティシズムあふれる描写により発表当時は激しい非難を浴びる一方、マルキ・ド・サドらから賛辞を送られた。
本作でメガホンをとったドミニク・モル監督(写真右)に、そんな原作を映像化しようと思ったきっかけや、主演のヴァンサン・カッセル(写真左)の起用理由などについて語ってもらった。
監督:いいえ、私が「マンク」を読んだのは若い頃ではなく、つい5年ほど前です。以前から評判は知っていたし、小説が発行された当時(1796年)は、かなりの物議を醸したことは容易に想像できますが、現代ではそのスキャンダラスな意味合いは薄れていると言えるでしょう。ルイスと同時代のマルキ・ド・サドの作品に比べれば、さほど衝撃的ではないように感じられます。
監督:まず、原作のロマネスクな性質と物語に惹かれました。ファウストやオイディプス王を彷彿とさせるテーマ、またスペインらしい味わいやシェイクスピアのような色調。ルイスはそれらの雑多な要素を臆面もなく、また大変興味深く混ぜ合わせています。忘れてはならないのはルイスが当時19歳だったということで、その若さゆえの情熱が、小説に圧倒的な力強さをもたらしているのです。
2つ目として、原作が持つ視覚的な力が挙げられます。ルイスは小説のなかでゴシック様式、そしてスペインのカトリック主義のイメージを取り入れています。彼は反カトリックであったにもかかわらず、そのようなものに対して多大な魅力を感じていたことが伺えます。それはまるで、豊潤なイメージやストーリーをもたらしてくれる信仰・宗教というものに感謝すらしているかのようで、私も彼と同感です。
ですので、私はこの小説に物語と視覚的要素の恩恵、つまりは映画的な恩恵を見出したと言えます。
監督:映画化する上で難しかったのは、キャラクターの描写でした。小説のなかの主人公アンブロシオは卑劣でうぬぼれていて独善的で危険に対して極端に臆病でもあります。そして、女性の乳房をほんの少し見ただけで誘惑に屈してしまうのです!
彼は上面だけの人間で、ルイスは彼を通じて、カトリック教会に仕返しをしたのです。アンブロシオは皮肉に満ちた風刺の象徴で、同情することが難しい人物。小説として読むには面白いですが、(映画化するには)限界があることは明らかでした。それで、アンヌ=ルイーセ・トリヴィディクに共同脚本を依頼したんです。彼女のお陰でキャラクターに深みが出ましたね。
監督:私たちのモットーは、“何でもあり”でした。映画の空気を伝えるためにありとあらゆる技法を試みました。また、多くの絵画も参考にしています。模倣するのではなく、あくまでも物語の世界に浸るためにです。(フランシスコ・デ・)スルバランや(ディエゴ・)ベラスケス、ゴヤなどのスペイン画家はもちろんですが、イギリスのヘンリー・フュースリーの「夢魔」や、ギュスターヴ・ドレによる聖書やドン・キホーテの挿絵なども。そして映画では、アルフレッド・ヒッチコックの『めまい』(58)やブライアン・デ・パルマの『愛のメモリー』(76)、あとは『吸血鬼ノスフェラトゥ』(22)や『黒水仙』(47)なども参考にしました。
監督:カッセルの起用はプロデューサーのアイデアでした。「この映画を演じられるのは彼しかいない!」と。しかし、アンブロシオはもっと若くなければと思っていました。なぜ、そこまで年齢にこだわっていたのか、今となっては分かりませんが……。
今では彼以外の人が演じるアンブロシオを想像できません。彼は立派なキャリアを持っていながら、好奇心とチャレンジ精神が旺盛な人でした。私のことを信頼してくれて、この役が今までの仕事とは違うということも理解していました。ですから、私の演出によく従ってくれたし、私たちの共同作業はとても上手くいきました。
監督:私は絶対に時代物はやらないと決めていました。資金がかかりすぎるし、制約が多すぎるし………とにかく何もかもが嫌でした。しかし、たまに現代から離れたものをやってみたいと思うことはありました。
この映画に関しては、とても独特な時代物だと考えています。「フランケンシュタイン」や「ドラキュラ」のように、歴史を正確に再現することよりもミステリー要素や想像力が重要とされる作品です。
実際、小説自体が時代錯誤に満ちていて、恥ずかしげもなく(笑)宗教裁判やスペインのカトリック教に関する莫大な調査は行ないましたが、あくまでもこの小説の持つ自由さを大切にしたいと考えました。
ですから、映画のなかには矛盾があります。カプチン派の僧がシトー修道会の裕福な修道院に住んでいるわけがありませんからね。しかしそのことによって、正確な時代考証よりも大切な空気感が映画にもたらされています。この映画は実在した人物の再現ではありません。ナポレオンよりもドン・キホーテなのです。そのことが、私をこの物語に引き込んだのです。
監督:ゴシックを名乗る場合は気をつけなければいけません。この言葉はあまりにも多くの状況で使われていて、混乱を招きかねないので。しかし、ゴシック文学が幻想や悪夢によって成り立つ恐怖の文学のことを意味するなら……答えはイエスです。
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