『ヒトラーVS.ピカソ 奪われた名画のゆくえ』クラウディオ・ポリ監督×アリアンナ・マレッリ(脚本)インタビュー

時に武器にもなり得る“芸術の本質”を問いかける

#アリアンナ・マレッリ#クラウディオ・ポリ

全体主義は簡単に、人々を悪しき方向に転じさせてしまう(監督)

若き日に芸術家を目指し、挫折した過去を持つアドルフ・ヒトラー。後に彼が君臨したナチス・ドイツは、ヨーロッパ各地で芸術品を略奪したという。その総数はなんと60万点以上にものぼるが、今もなお10万点あまりが行方不明と言われている。

『ヒトラーVS.ピカソ 奪われた名画のゆくえ』は、権力で芸術を支配しようとしたヒトラーの盲信と、名画の行方を追ったスリリングなドキュメンタリー映画だ。

芸術とは何かを問いかける本作について、クラウディオ・ポリ監督と、脚本を手がけたアリアンナ・マレッリに聞いた。

──本作を手がけることになった経緯を教えてください。

『ヒトラーVS.ピカソ 奪われた名画のゆくえ』
(C)2018 - 3D Produzioni and Nexo Digital - All rights reserved 

監督:この作品は、芸術史を専門にしているジャーナリストでもあるディディ・ニョッキさんの原案を元にしています。ナチスにより強奪された芸術品がたくさんあるという事実を彼女が長年研究する中で、2017年製作当時、ちょうどいろんな収奪品を展示する展示会など(「グルリット・コレクション」や「ラ・ボエシー通り21番」)がスイスやフランスなど各地で実施されました。実はナチス・ドイツが大ドイツ芸術展と退廃芸術展を開催した最初の年が1937年で、ちょうど2017年が80周年記念でもあったんですね。それが製作する良いタイミングでもありました。そこで、アーカイブ資料や関連書籍をリサーチし、1年ほどフランス、オランダなど各国でインタビューを実施するなどして、原案・脚本のディディ・ニョッキさん、そしてアリアンナ・マレッリさん、サビーナ・フェデーリさんが一緒に脚本を書き上げ、僕が監督をすることになりました。

──インタビューしていて、一番印象に残った話、エピソードは?

マレッリ:一番印象に残ったのは、グッドマン家のサイモン・グッドマンさん(※グッドマン家:ドイツ系ユダヤ人の名家。ナチスの命により収集品を売却され、サイモン・グッドマンの祖父は強制収容所で命を落とした)とエドガー・フォイヒトヴァンガーさんですよね。特にユダヤ人のエドガー・フォイヒトヴァンガーさんはヒトラーの住む家の近所に生家があって、のちにその遭遇体験を回顧録に残しているわけですが、インタビュー中にも、学校の先生に言われて書かなくてはならなかったナチスのマークなどの幼少期のスケッチを見せてくれました。それらは非常に印象に残りました。

『ヒトラーVS.ピカソ 奪われた名画のゆくえ』
(C)2018 - 3D Produzioni and Nexo Digital - All rights reserved 

──劇中、歴史家が「ナチスの略奪に協力した人たちに悪い人はいなかった」と語っていたのも印象に残りました。

監督:彼(※歴史家のT・G・アッシュ)が言わんとしていることは、誰もがこういった暴挙をやりかねない、それは悪の勢力、悪が力を握った時だ、ということだと思います。普通の善良な一般市民がころりと悪行に転じてしまうのはありうることで、全体主義においてはなおさらのこと。もちろんそれが彼らの免罪符というわけではないのだけれど、彼らは全体主義に巻き取られてそういう行いをしてしまったのです。また彼の話の中に「個人に戻るのは寝ているときだけだ」という労働者組織のトップが言った言葉の引用がありました。全体主義とは人々の生活の隅々まで行きわたるもので、そういった中にあっては、悪しき方向に転じてしまうことがありうるのだと思います。

──この作品を通して一番伝えたかったこととは?

監督:最後のほうにピカソの言葉があります。美術と言うのは飾るためだけのものではなく、美しいだけのものではなく、偉大な力を持ち、歴史、社会に影響をもたらしうるものなのだ、と。人の一生にも影響を与えて、時として武器にもなりうるとピカソは言っています。
 ピカソが言う「武器」と言うのは当時の独裁政治に対する武器になるかと思います。芸術と言うのは美しさだけではないということです。

──「壁を飾るために描くのではない絵は盾にも矛にもなる、戦うための手段だ」というピカソの言葉ですね。

本作を撮影中のクラウディオ・ポリ監督

監督:ピカソの言葉と言うのは、我々がこの作品で語ろうとしていること、つまり芸術と政治を対比させているわけですが、そういったものを上手くまとめている言葉だと思って入れました。映画の中ではピカソを通して現代美術の歴史が分かりますし、ピカソの存在そして彼の言葉が美術と政治の対比などを上手く表しています。また彼の絵は我々全員に対して何かしら突き動かすものを持っていると思います。彼の伝えたかったこと、それは関わるということが重要なんだ、ということ。ピカソは芸術、政治について彼の作品を通して語っていたんだと思います。

──最後に、日本の観客へのメッセージをお願いします。

マレッリ:本作は、これまであまり明るみに出てこなかった美術史の一片に光を当てています。そう遠くない過去の歴史に関わることですし、大勢の人に影響を与えた時代を描いています。今回インタビューを受けてくれた登場人物のひとりも話してくれましたが、近代史というのは我々の今、そして未来に深くかかわるものです。この映画で描かれていることというのは今を生きる我々にも語りかけているものなのでぜひご覧ください。

監督:戦争というのは終わったものだと皆さん思いがちですが、決してそうではなくて、我々はいつも意識しなくてはならないと思います。目を見張って世界を意識するためには、やはり歴史を知っておいたほうがよい。歴史を知ることで、今の世の中を、我々の時代をより深く読み解くことができる、ぜひそういうことを意識してください。

アリアンナ・マレッリ
アリアンナ・マレッリ
Arianna Marelli

現代言語学と文献学の博士課程を修了、いくつかの書物を出版したのち、ミラノの芸術と文化関連のドキュメンタリー専門制作会社である3D Produzioniの脚本家となる。ここで、文化、文学、芸術、デザイン界の人々への取材や脚本執筆、企画に参加。特筆すべきドキュメンタリー作品としては、脚本を担当しスカイアルテで放映された『Trent’anni dopo. Primo Levi e le sue storie』(30年後。プリーモ・レーヴィと彼の物語)がある。その他、イタリアで大ヒットしたドキュメンタリー映画『クリムト エゴン・シーレとウィーン黄金時代』(6月8日より日本公開)の脚本も執筆。

クラウディオ・ポリ
クラウディオ・ポリ
Claudio Poli

1986年北イタリアのクレモナ生まれ。撮影と編集を専門にビジュアル・コミュニケーション・デザインを学び、映像の仕事に携わるべく3D Produzioni(※本作の制作会社)に入社。芸術専門テレビチャンネル・スカイアルテで放送する各国の美術館などを取り上げたドキュメンタリーの撮影・編集を務め、本作が初の映画監督作品。