『捨てがたき人々』
ただただ涙溢れる、原作と映画版が融合するクライマックス
人間の欲と業を暴き出す問題作を発表してきた、鬼才漫画家・ジョージ秋山原作による「捨てがたき人々」が映画化された。不細工で自堕落な男・狸穴(まみあな)が、やはり不細工だが新興宗教にすがる京子と関係を持ち、なし崩しに家庭を持つ人生模様が描かれていく。
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原作で描かれる登場人物の複雑な味わいの魅力も、人間を俯瞰したようなシニカルに冷めた空気も、映画版では伝わってこない。やはり、実写映画で再現するのは無理な話かと諦め、残念感と共に見ていると、自分でも予測していなかった反応が沸き起こった!
主人公たちのちょっとした言動に胸がつまり、涙が止まらなくなったのだ。なし崩しで始まった共同生活で、京子が用意した朝ごはんに小さな感動を覚える狸穴に涙。赤ん坊ができたことに、しらばっくれも逃げ出しもせずに動揺する狸穴に涙。京子が抱く赤ん坊を狸穴が抱こうとして言葉を交わさずに察し合う、なにげない2人のやりとりにさえ涙、涙、涙。“捨てがたき”とは欲望が捨てられないという意味があるだろうが、“作者が見捨てられない”という思いも込めているのだろう。彼らには健気ないじらしさと愛おしさがあり、作者の目線をしっかりと感じさせる。
してやられた! 映画として受け入れづらい手法やキャラクターで描かれるとこうはならなかっただろう。映像作品としてわかりやすく描かれたからこそ、いつの間にか感情移入してしまい、気持ちをもっていかれたのだ。
さらに極めつけはクライマックス。狸穴は原作にある、人間の命題である文語調の哲学論を唐突に叫ぶのだ。これぞ映画では受け入れられない演出だが、そんなシーンでも最早気持ちを持っていかれた身としてはなすすべなく、溢れるがままに涙を流すのみ。原作と映画版が見事に融合している瞬間だ。
監督は、『ALIVE』など北村龍平監督作の主演俳優をつとめ、『GROW 愚郎』など監督も手がける榊英雄。この作品を通して自身と向き合うことに腹をくくったようで、舞台を監督自身のルーツである長崎県五島列島に置き換えている。製作・脚本はジョージ秋山の実子であり、少年アシュラが名付けられるハズであった“命”という名前を命名されたという、放送作家の秋山命だ。父親の作品『ドストエフスキーの犬』に触発されて読んだというドストエフスキー原作の『罪と罰』を本作の映画版オリジナルのモチーフとして加えている。
スタッフもキャストも身を削ってぶつかったからこそ血の通った作品が生まれたのだろう。生きていることに値しないほどどうしようもなくつまらない人間たちが、あがいてもがき苦しむ醜い姿に涙を流させる偉業を成し遂げたのだ。
蛇足だが、ヒロインの叔母役でこれまたどうしようもない人間のあかね役を演じるのは、最近バラエティでも活躍が目覚しい美保純だ。美保純と言えば、ジョージ秋山原作の映画化『ピンクのカーテン』で世に出た女優。そんな縁も嬉しくなるほど、本作には観る者の心を掴むパワーがある。(文:入江奈々/ライター)
『捨てがたき人々』は6月7日よりテアトル新宿ほかにて全国順次公開される。
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