『her/世界でひとつの彼女』
男が女に見せたい恋愛映画なのかもしれない。もちろん正解というものはないのが恋愛だから、これは違うという声もあるだろうが、『her/世界でひとつの彼女』は、男にとっての恋愛についての理想と現実を哲学する作品という気がする。
舞台は近未来のロサンゼルス。あの車社会の街で電車通勤をし、シャツのボタンをきちんととめて、裾はズボンにしまいこむ主人公・セオドアは手紙の代筆ライターをしている。思いやりあふれる名文作りに長けているが、離婚調停中の妻に未練を残して孤独な日々を過ごしている彼はある日、最新式のAI(人工知能)型OSを購入する。自宅のPCにインストールし、自分用に最適化されたOSは起動と同時にはつらつとした若い女性の声で「ハロー!」と挨拶した。
自らサマンサと名乗り、気の利いたジョークを連発し、打てば響くようなやりとりを繰り広げる。仕事のサポートも見事で秘書代わりにもなる。姿形こそないけれど、そんじょそこらの女性では太刀打ちできない魅力を持つサマンサにセオドアは急速に惹かれ、サマンサもまた自らの意志や感情を持ってセオドアと恋に落ちる。人間と人工知能の恋というキワモノめいた設定なのに、セオドア役のホアキン・フェニックスと声だけでサマンサを演じるスカーレット・ヨハンソンの名演で、自然なラブストーリーとして、すっと受け入れられる。
セオドアにとって、サマンサが今まで出会った誰よりも話が合う存在なのも、個々のユーザー用にカスタマイズされているのだから当然といえば当然。学習機能が高いAIは日々セオドアについて学び、どんどん彼好みになるが、自我や意識を持ち、傷つきもする。普通のカップルのようにぶつかり合いもする。
経験から学んで進化し続けるサマンサの機能は徐々に加速し、次第にセオドアとの関係にも変化が現れてくる。ずっとこのままの幸せを大事にしたいというのが人間の感情なら、人知を超える域までバージョンアップし続けるのがAIということか。だが、これは生身の人間同士であったとしても経験する価値観の違いと同じではないか。機械相手でもこれはRPGではなく、やはり本当に恋愛なのだ。
相手がいなければ恋愛は成立しないが、その始まりも終わりも、実は1人の心のなかで処理されている。同じ時間を過ごしていても、同じ恋を生きているのだろうか? 恋愛という感情について今さらながら深く考えさせられてしまった。
監督は、『マルコヴィッチの穴』、『かいじゅうたちのいるところ』のスパイク・ジョーンズ。本作でアカデミー賞オリジナル脚本賞を受賞している。セオドアのキャラクターに自己投影をしているとうかがえる部分は多々あるが、1つは妻役のルーニー・マーラの風貌が元妻のソフィア・コッポラそっくりな点。彼女がアカデミー賞オリジナル脚本賞を受賞した『ロスト・イン・トランスレーション』のヒロインだったスカーレットが本作でも同様の役割を果たしているのも、何か因縁めいていて、いろいろと深読みしたくなる作品だ。(文:冨永由紀/映画ライター)
『her/世界でひとつの彼女』は6月28日より全国公開される。
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