『マザー』
『漂流教室』や『洗礼』、そして『まことちゃん』など唯一無二の作風でヒット作を生み出し、バラエティで活躍する自身のキャラクターでも人気の漫画家・楳図かずおが初めて長編映画監督をつとめた『マザー』。1995年に完結した『14歳』以降、漫画は休筆しており、本作『マザー』は楳図かずおが脚本も手がけたオリジナルで原作は持たない。
主人公は楳図かずおであり、彼のもとへある出版社から生い立ちを本にしたいという依頼が舞い込む。そして、幼き日に父親から寝物語として聞かされた恐ろしい昔話が楳図の創作の原点となっていること、母親の呪縛が楳図に多大な影響を与えていることが明らかになっていく。
これは楳図かずおの自叙伝的な人間ドラマなのか……?と勘違いしてはならない。『マザー』はまごうことなき、楳図かずおの恐怖漫画の実写化だ!と言い切っていいだろう。存在自体が神秘的な女優・真行寺君枝扮する母親・イチエが登場するだけで確信が持てる。美しいウェーブを描いた白髪のロングヘアで、整った美人顔にとってつけたような違和感ありありの老け顔メイクの彼女は楳図漫画そのものなのだ。このリアリティない人物像を見るだけで、自伝的な親子の確執を描こうなんて気はなく、フィクションを作り上げたいんだなという気持ちが伝わってくる。
本作で恐怖に引きずり込まれていく編集者の名前からして“若草さくら”とは、『洗礼』の美に固執する母・若草いずみと悲劇の少女・上原さくらを併せた名前なのだから、ハナからファンであれば本作が楳図漫画の延長戦にあることはピンとくるだろう。
楳図かずお役を演じるのがテレビドラマ『半沢直樹』でブレイクした片岡愛之助であることは、ヒョロッとした楳図かずお本人とは似ても似つかず、なぜにこのキャスティングなのかと首をかしげるところかもしれないが、楳図漫画の男性の登場人物の実写化と思えばそれも納得いくハズだ。凛々しい眉にパッチリした目元にふっくらした唇で、太っているわけではないが細くはない肉感的な顔と体つきは漫画から抜け出してきたかのよう。
楳図かずおの自叙伝ドラマという意味合いより、楳図漫画の実写化の要素が大きいんだと分かれば、あとは楳図ワールドに身を任せればいい。山奥に佇む家屋も登場するが、ジャパニーズホラーとは趣が違う。本作の撮影も行われたという、赤白しましまの外観が話題を呼んだ“まことちゃんハウス”のように洋風でバタ臭いムードが漂う。ジメッとしているようで、決して湿度は高くなくカラッとしている。映画においても唯一無二の楳図ワールドを楽しむことができる。(文:入江奈々/ライター)
『マザー』は9月27日より全国公開中。
入江奈々(いりえ・なな)
1968年5月12日生まれ。兵庫県神戸市出身。都内録音スタジオの映像制作部にて演出助手を経験したのち、出版業界に転身。レンタルビデオ業界誌編集部を経て、フリーランスのライター兼編集者に。さまざまな雑誌や書籍、Webサイトに携わり、映画をメインに幅広い分野で活躍中。
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