『グッバイ・アンド・ハロー 父からの贈りもの』
(…前編から続く)1991年4月26日、NYブルックリンの聖アン教会で実際に行なわれたティム・バックリィのトリビュート・コンサート「Greetings from Tim Buckley」(このタイトルは本作のオリジナル・タイトルとしても使われている)は、数々のトリビュート企画の仕掛人として知られるハル・ウィルナーによってプロデュースされ、エリック・アンダーソンやグレッグ・コーエン、それに後年ジェフの音楽的パートナーになるゲイリー・ルーカスらが参加。熱狂的なティム・バックリィ・ファンが集まったそんな会場に何の予告もなくティムと生き写しの息子が現れ、しかもとんでもなく素晴らしい歌声を披露してしまったのだから、当時その場に居合わせた人たちの受けた衝撃はさぞかし凄いものだったに違いない。
・【映画を聴く】夭逝した天才ミュージシャン父子を圧倒的な音楽力で描いた傑作/前編
劇中でのこのシーンは、当事者であるウィルナーやルーカスの証言などをもとに再現されているが、キャスト陣による歌や演奏は、その日の熱気を見事に呼び起こしている。なかでも一番際立っているのは、やはりジェフを演じるペン・バッジリーだ。彼が最後にソロで歌う父の曲「ワンス・アイ・ウォズ」は、まるでジェフが乗り移ったかのような幽玄さを湛えている。「時々考えてしまうんだ/ほんの一瞬でもいい/君は僕のことを思い出してくれるのかな」と歌われるこの曲は、父と子の間をつなぐ“架け橋”であり“魂の対話”でもある。長年複雑な思いを抱き続けてきた父の曲を歌うことでジェフは本来の自分らしい歌声を手に入れたのだから、“和解”と捉えることもできる。それはある意味『フィールド・オブ・ドリームス』のエンディング──親子でキャッチボールをするあのシーンと同質のものを感じさせたりもする。
ただ、これを『フィールド・オブ・ドリームス』のように清々しい気持ちで見終えることができないのは、数年後に訪れるジェフの早過ぎる死が脳裏をかすめるからだ。このコンサートをきっかけに、ジェフのもとには当然のごとく多くのレコード会社からオファーが舞い込んだが、結局彼はそれらを固辞。地道なライヴ活動を数年続けて歌とソングライティングに磨きをかけた後、満を持してアルバム『グレース』でデビューを果たす。しかしその3年後にメンフィスのウルフ川で溺れて帰らぬ人となってしまうまで、彼は新しいアルバムを完成させることはなかった。
その死から17年が経過した現在まで、さまざまな未発表音源やライヴ音源がリリースされてきたが、それらを聴いて思うのは、ジェフ・バックリィの真骨頂はやはりライヴの場にあったということ。歌い手としての彼が初めて“発見”されたのが聖アン教会でのパフォーマンスだったことからもそれは明らかだ。もしこの映画を見た人で、実際のジェフ・バックリィは『グレース』しか聴いたこがないという人がいるなら、ぜひとも「ライヴ・アット・Sin-e」や「即興〜Mystery White Boy Tour〜」といったライヴCDや、「Grace Around the World」というライヴDVDにも触れることをお勧めしたい。感情の起伏のままに声を操った「モジョ・ピン」、軽やかにドライヴする「ラスト・グッバイ」、ひたすら美しいレナード・コーエンのカヴァー「ハレルヤ」など。どのライヴ、どのテイクでも、この映画で描かれた時代より大きく花開いた彼の魅力が余すことなく捉えられている。ライヴが魅力というのは父親のティムも同じ。劇中にも出てくるNYフォークロア・センターでのライヴがCD化されているが、そこでの朗々とした歌いっぷりはジェフにはない陽性の魅力だ。
ちなみにジェフの死後、彼の管財人は母親の(つまりティムの元妻でもある)メアリー・グィバードが務めていて、彼女も関わっているジェフの伝記映画がリーヴ・カーニーの主演で制作されるという噂を数年前に耳にしたが、その後どうなっているのだろうか。母親から見たジェフ・バックリィ像というのも、それはそれで見てみたい気がするけれど。(文:伊藤隆剛/ライター)
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラの青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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