広島の尾道と言えば、瀬戸内海を臨む穏やかな環境と山の斜面に建ち並ぶ寺院や民家、その間を縫う入り組んだ坂と路地が数々の名作のロケに使われてきた街。小津安二郎監督『東京物語』に出てきた海岸通りや、大林宣彦監督“尾道三部作”での千光寺公園、タイル小路、御袖天満宮の石段を巡ったり、行列に並んで「茶房こもん」のワッフルを食べたりした映画ファンはけっこういるんじゃないだろうか(僕もそのひとりです)。
昨年から全国各地で小規模な上映会が行なわれ、今日から2週間限定で新宿K’sシネマにて公開される『スーパーローカルヒーロー』は、その尾道にある風変わりなCDショップ「れいこう堂」と、その店主のノブエさんを題材としたドキュメンタリー映画。映画に愛される街に、こんなに音楽に愛される人がいるという事実に新鮮な驚きを覚えると同時に、自分も何かを始めずにはいられなくなるような、強力なヴァイブレーションに満ちた作品になっている。
ノブエさんは、信恵勝彦というのが本当の名で、1959年生まれ。見た目は本当にどこにでもいるような“フツーのおじさん”である。70年代に音楽卸業の会社に就職し、その後レンタルレコード「黎紅堂」尾道店の店長に。独立して自分の店である「れいこう堂」をオープンしたのは90年代後半で、当時の尾道ではなかなか扱わないようなインディーズや輸入盤が手に入るお店として、熱心に通った音楽ファンも多かったという。
99年にEGO-WRAPPIN’のアルバムに衝撃を受けたことをきっかけに、自分の好きなアーティストを尾道へ招聘するようになる。そのEGO-WRAPPIN’をはじめ、二階堂和美、ハンバート ハンバート、畠山美由紀、アン・サリー、青柳拓次、Chocolat & Akito、オーサカ=モノレールなどなど、本作中でコメントを寄せているアーティストたちは皆、ノブエさんの熱意と人柄に惹かれて、これまで彼の主催するイベントやライヴに出演した人たちばかりだ。
一度は経営難に陥って閉店した「れいこう堂」だが、ノブエさんは「別の仕事を持ってでも好きなものだけを売る店をやる」と決め、古民家を利用した現在の店舗にて再スタート。新聞配達や産業廃棄物処理場でのバイトをかけ持ちしながら、なんとか店を存続させている。CDショップと言ってもCDの品揃えは本当に厳選されたものだけに限り、その代わりに無農薬野菜や酵素ジュース、雑誌などが並ぶ。そして、“運がいい人だけ入れる”と言われるくらい開いていることが稀。ノブエさんがバイトやイベントの準備、東日本大震災をきっかけにはじめたボランティア活動に東奔西走しているからだ。(後編へ続く…)(文:伊藤隆剛/ライター)
『スーパーローカルヒーロー』は、3月21日より東京・新宿K’sシネマほかにて順次公開中。
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラの青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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