(…前編より続く)
本作『愛しき人生のつくりかた』の劇中で何度か登場する楽曲「Que reste-t-il de nos amours ?」は、1942年にシャンソン歌手のシャルル・トレネが作詞/作曲(作曲は指揮者のレオ・ショーリアックとの共同)したスタンダード・ナンバー。後に「I Wish You Love」のタイトルで英語詞が付けられ、ジャズ・ヴォーカル曲としてフランク・シナトラ、ナット・キング・コール、ナタリー・コール、ペギー・リーからサム・クック、ロッド・スチュワートまで、名だたる歌い手がこぞって録音しており、日本では多くの場合「残されし恋には」の邦題で紹介されている。
・【映画を聴く】前編/今、フランスで最もセクシーな男性シンガーのスタンダード・ナンバーも必聴!『愛しき人生のつくりかた』
今回エンディング・テーマとしてこの曲を歌っているのは、フランスのシンガー・ソングライターであるジュリアン・ドレ。1982年生まれの33歳で、2015年7月には来日公演も行なっている。テレビのオーディション番組出身ということで、フランスでは“今もっともセクシーな男”といったアイドル的な扱いをされているが、アーティストとしての足場も着実に固めつつあるようだ。2013年のアルバム『LφVE』は内省的な楽曲とそれを包み込むようなスケール感を持つサウンドのバランスが絶妙な21世紀型シンガー・ソングライター作品に仕上がっているので、一聴をおすすめしたい。
基本的にはピアノの弾き語りかオーケストラをバックに歌われることの多い「Que reste-t-il de nos amours ?」を、ドレは緩やかなグルーヴ感を持った彼らしく現代的なアレンジで仕立て直し、そこに彼独特の呟くような歌声を重ねている。この曲の歌詞は昔の恋を振り返るメランコリックな内容なので、新たな人生の門出を描いた本作の結末には必ずしもリンクしていないが、そのサウンドは見る者に登場人物たちの明るい未来をぼんやりと想像させる。前編の冒頭で触れた『夜霧の恋人たち』でのシャルル・トレネによるオリジナル版や『プライム』でのレイチェル・ヤマガタのカヴァーなどと異なるポジティブかつ情熱的なヴァイブレーションが、この曲に新たな解釈を与えている。
「人生、何度でもやり直すことができる」と高らかに謳うハッピーな映画は、うんざりするぐらい多く作られている。本作もそんな中のひとつに含まれることは間違いないが、そのテンションはどこまでも穏やかでニュートラル。この手のハッピーな映画はちょっと苦手、という人にもすんなり入っていける温度感だと思う。ジュリアン・ドレの歌声とともに、じっくり反芻して味わってほしい作品だ。(文:伊藤隆剛/ライター)
『愛しき人生のつくりかた』は1月23日より全国順次公開される。
伊藤 隆剛(いとう りゅうごう)
ライター時々エディター。出版社、広告制作会社を経て、2013年よりフリー。ボブ・ディランの饒舌さ、モータウンの品質安定ぶり、ジョージ・ハリスンの 趣味性、モーズ・アリソンの脱力加減、細野晴臣の来る者を拒まない寛容さ、大瀧詠一の大きな史観、ハーマンズ・ハーミッツの脳天気さ、アズテック・カメラ の青さ、渋谷系の節操のなさ、スチャダラパーの“それってどうなの?”的視点を糧に、音楽/映画/オーディオビジュアル/ライフスタイル/書籍にまつわる 記事を日々専門誌やウェブサイトに寄稿している。1973年生まれ。名古屋在住。
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