【映画を聴く】『エル ELLE』前編
スリラーか? ブラックコメディか?
物語はイザベル・ユペールの演じるミシェルが、いきなり自宅で覆面の男に襲われるシーンから始まる。彼女が第89回アカデミー賞主演女優賞にノミネートされたポール・ヴァーホーヴェン監督のフランス映画『エル ELLE』は、常識の枠におさまらないミシェルの人物像やショッキングすぎる展開から、世界中で大論争を呼んでいる。
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男に襲われたミシェルは、警察に通報するでもなく、落ち着き払って部屋を掃除を始める。部屋にはベートーヴェンの『田園』らしき交響曲がうっすらとかかっていて、悲壮感はまるでない。夜になると寿司のデリバリーを注文し、訪ねてきた息子に顔の傷のことを聞かれても「自転車で転んだ」と答えるだけだ。
新興ゲーム会社のワンマン社長である彼女はつねに冷静で毅然としていて、何があっても動じない。暴行されたことに怒っているのかすら外からは推し量れないが、犯人は身近にいるという推測のもと、数人の男に疑惑の目を向け、ひとりひとりとの心理戦を繰り広げていく。
基本的にはミシェルによる犯人さがしに主軸を置いたサスペンス映画なのだが、「犯人よりも危険なのは“彼女”だった−−」というキャッチコピーが示すように、物語は次第にミシェルの隠された怪物性をあぶり出すスリラー的な方向にシフトしていく。そしてその結末は、あまりに衝撃的かつ想定外なものだ。見様によってはブラックコメディのようにも思える滑稽さが漂い、モーツァルトの「魔笛」や「ディヴェルティメント ニ長調 K.136」、ラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」、アルビノーニの「五声の協奏曲集」といったクラシック曲の優雅で大仰な響きもそのトーンに拍車をかける。
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