韓国の農村で、79歳になる農夫と共に、30年間働き続けてきた牛。だがある日、農夫は獣医から「この牛は、今年の冬を越すことができないだろう」と告げられる……。
チェじいさんと老牛との日常を淡々と綴ったこのドキュメンタリー映画『牛の鈴音』は、韓国で大ヒット。公開37日目に動員100万人を突破したと思いきや、その9日後には早くも200万人突破。「牛の鈴症候群」と呼ばれる社会現象まで巻き起こした。
一体何が、観客たちの心をそれほどまでにとらえたのか? 来日した敏腕プロデューサーのコー・ヨンジェに、ヒットの理由、そして韓国映画の現状について語ってもらった。
●釜山国際映画祭でヒットを確信
──韓国では、ドキュメンタリー映画は元々人気があったのですか?
ヨンジェ:いいえ(笑)。この映画のおかげで、今では皆、ドキュメンタリー映画を劇場で見ることに違和感を感じなくなったようです。でも以前は、「なぜドキュメンタリーを(お金を払ってまで)劇場で見なければならないのか」という声もありました。
──本作は、そんな不利な条件のドキュメンタリー映画だったわけですが、こんなにヒットすると予想していましたか?
ヨンジェ:最初に掲げていた目標は20万人でした。以前、私がプロデュースした『ウリハッキョ(英題:Our School)』(06年)というドキュメンタリーの動員数が12万人だったので、それを超えたいとは思っていました。
この映画は釜山国際映画祭でプレミア上映され最優秀ドキュメンタリー賞も受賞したのですが、若者から上の世代の人々まで、様々な年齢の人々が見に来てくれたんです。それを見て私は「行ける!」と思ったんです。
一方、劇場主たちは心配していましたね。「良い映画だけれども、果たして皆は見てくれるのだろうか」と。でも、観客たちはとても良い反応を示してくれました。「久しぶりに良い映画を見られた、ありがという」と言ってくれた人もいて、私はそういう観客たちを信じていました。
──韓国の人々は、この映画のどこに魅力を感じたのでしょうか?
ヨンジェ:かつて農村では、牛はとても身近な動物で、学校から戻った後に草を刈り、牛に与えることは、農村の子どもたちの仕事でした。ですから、忘れかけていた幼い頃の記憶を呼び覚まさずにはいられない要素が、この映画にはあったんです。韓国の農村は90年代頃に機械化されたのですが、80年代頃までは牛が畑を耕したりしていましたから。
●勝因は、涙と笑いの見事な配分
──涙、涙の映画かと思っていたら、寡黙なチェじいさんと小言ばかり言っているおばあさんのやりとりなどユーモラスな部分もあり、笑ってしまう場面もありました。
ヨンジェ:ああいう構成にしたのは、私たちの戦略です。
私は、「悲しみ」は、「笑い」があってこそ生きてくると思うんです。最初から最後まで悲しいだけの映画だと、観客は飽きてしまうでしょう。
実は私も、母からいつも小言を言われていました。若い頃は母の小言を面倒に感じていたのですが、結婚して子どもを持ってみると、私も母と同じように、子どもたちに小言ばかり言っているんです(笑)。あのおばあさんの小言、彼女が醸し出す笑いは、皆が経験している親しみのある笑いだと思ったので、監督と相談し、おばあさんのキャラクターを引き立てることにしたんです。
──この映画は、韓国のドキュメンタリー映画やインディペンデント映画界に新風を巻き起こしたと思うのですが、いかがでしょうか?
ヨンジェ:以前は、ドキュメンタリーは1万人も動員できないので、作っても仕方がないと思われていました。でも、この映画の成功で、作り手の認識が変わってきましたね。「(プロデュースも含めて)上手く作りさえすれば、(商業的に成功する)可能性がある」と。
また、以前は、ドキュメンタリー映画を作るのは、もっぱらインディーズ系の人々でした。でも、この映画のイ・チュンニョル監督もそうなのですが、放送界の出身者も増えてきています。それにプラスして、最近では劇映画の監督たちもドキュメンタリーを作りはじめた。作り手が多様化し、ようやく韓国でもドキュメンタリー映画作りが本格化したと思います。
私は釜山映画祭のドキュメンタリー部門で審査員を務めているのですが、最近は企画力が向上し、映画の水準も上がってきていると実感しています。
ただ、これは世界的な傾向だと思うのですが、正面から社会や政治を批判する作品が少なくなっていることは、残念に思っています。ドキュメンタリーには、健全な方法で社会批判をするという機能があるのですが、最近は、ささやかな日常や個人的な体験をテーマにした作品が多くなっていると感じます。
確かにマイケル・ムーア監督の映画はヒットしていますが、それは、彼自身がブランドとなっているから。それ以外の監督たちが、社会問題を正面から取り扱うのは、難しくなっているのではないでしょうか。
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